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幸せな子孫へ
大切なものは・・・・なに?。 仕事?勉強?遊び?家族?お金?友達? 明るい未来を描ける日。そんな日のことを想いながら・・・
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脱こども望こども

Author:脱こども望こども
社会の動きに疑問を感じ、だいそれた希望とか描いたりしましたが、結局のところ口先ではなく、行動で示すしか無いというアタリマエ結論に・・アタリマエを如何に実行していくのか・・その過程で考えたこと、悩んだこと等々ひとりごとのように書き綴っていきます。稚拙な日本語ですが、どうぞよろしくお願いいたします。



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迷子
行き場を失った自分がいる。守らなきゃならない人はいる。
協力してくれるはずの人がいた。しかしまるで正反対の協力を得た。
たどり着いた先は精神科への入院。

憤り、いらだちと共にある種の安堵感も得た。
ここを永久の行き場とするのはマズイが、自分を見つめなおし、
多くの気づきを与えてくれる素晴らしい場所だと思えた日から、
ある意味における自分の居場所を得たようで、そこから楽しくて
しかたなく思えるようになった。

そろそろこの安全地帯から、一般社会へ戻る日が近づいてきたようだ。
そんな予感と共に、不安を抱え出した。
しばし悩んだが、自分を証明すること、そういうことに意味はない。
そう気持ちを切り替えることが出来るようになってから
心が軽くなった。




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原始の喜び
殺伐とした現代社会において忘れ去られている、もしくは
喜びとは複雑で、数奇な努力をした上でしか得られない
ように思わされがちであると思うが、人の根源的な喜びは
至ってシンプルで、分かりやすいもので、誰でも享受できるもので
あるようなきがする。誰かが作ったカラクリなのか、自らが
作り上げたのかは不明だが、そのカラクリの中でこんがらがっている
だけではないだろうか




渦の狭間で
幸せな思考の渦、不安な思考の渦、楽しい思考の渦。
それらの間を危なっかしいバランスで泳ぐ自分がいる。
その危うさが楽しくもあり、怖くもある。




新しい一日
明けの明星が朝焼けが始まる一歩手前の空に佇んでいるのを眺めていた。
毎朝思うのだが、この時間帯は非常に幻想的である。
今日はどんな一日になるんであろうか?
そういったわくわくした気持ちになれる。同時に、
今日も太陽が自分たちの頭上に明るく輝いてくれることへの感謝も出来る。
今日、こうして健康に過ごせていることに感謝し、今日、出来ることを
精一杯しようと思う。

そう、楽しもう!



恐れと向き合う
ここ数日、退院後の生活について、先回りしてあれこれと考えた。
一番引っかかったことは、自分のことを周りがどう見ているのか
ということ。そして、その偏見にどう相対するかということ。

すごく久しぶりに、マイナス思考に陥った。
偏見に立ち向かうための論理武装を考えるために
入院までに起こった一連の出来事を列挙していた。

暗い気持ちや、怖かった想い、怒り、悲しみ。
ありとあらゆる物を鮮明に思い出した。

そこで思った。
過去に起こった出来事に対して、自分の正しさを主張することよりも、
自分というものを捨てて、自分の正しさではなく、自分が周りに対して
出来ることに集中すべきであろうと・・

自分に与えられた能力を存分に活かす。
そこに、自分の正しさなどというつまらぬモノサシを
差し挟むことは無駄でしか無い。
そんな風に思うと、心が軽くなった。




現実
昨日、一時外泊から病院へ戻ってきた。病院に戻ってくると
妙にほっとした気持ちになった。その理由をあれこれ考えてみた。
病院には、僕自身を一個人として認めてくれて、個人、対、個人と
いう関係で話せる人が沢山いるからである。
一方、外に出ると、今までの知り合いで、妻から私の大変だった時期
の少々オーバーな状態を知らされている人たちは、
私を病人という目、フィルターをかけてみている。

病人であるという事には違いないのだが、風邪をひいたものが
徐々に回復するように、精神の病も悪くなりっぱなしではない。

ただ、その微妙なニュアンスを感じ取り、心が痛む。
もちろん一般論として、そのように反応されるのは自然なことだと思う。

ただ、やはり寂しい。それを必死になって覆す努力をすることも
馬鹿らしい行為だと思うし、結局のところ、こつこつ、
1から、もしくはマイナスから積み上げていくしかなく、
かつ、離れるべき知人とは距離を置いて行くことが必要なんだろう。
肩の力を抜いて、のんびりとすすめるしか無いかな。




風と水音
外出中である。
病院から歩いて15分ほどのところにある公園で、秋の空気を浴びている。
黄色く色づいて落葉した葉が地面を彩り、公園の噴水には、時折
鳥達が立ち寄る。子供は無邪気に駆けまわり・・・

好きな音楽を聴き、水音を楽しむ。秋風が心地よい午後の公園である。
なんだかキレイな文章を書こうとして、妙にぎこちなくなった文章だが、
文章とは違い、心は晴れ晴れと、秋を満喫している。






空に願いを
秋風が吹いてきましたね。
空を眺めていると、非常に心が落ち着きます。
毎度毎度、見上げるたびに違う景色を見せてくれ、
心が和みます。

雲を看るとかぜを感じることが出来、地球が自転していることにも
少し心が気づきます。

誰にでも平等に見える空に感謝し、
これからの自分の人生が明るいものとなるよう
自分に誓い、空に向かっても誓いを立てたくなります。





笑顔の先に
入院患者としては適切な表現ではないかもしれないが、
毎日楽しくて仕方がない。誰かが誰かを蹴落とすわけではなく、
誰かを皆で支える、そんな空気に満たされている。
長居する場所ではないと思うが、僕が感じるこの場所は
楽園のようなところである。

もちろん、国の医療制度や、年金制度のうえに成り立っていることも
理解しているが、それ以上に、患者同士、看護師、看護補助、
作業療法士、医師、それらの人々の間にある連帯感の上に
成り立っているこの奇跡的な空間の空気を共有させていただいて
いることに、ただただ感謝である。
そんなことを感じていると、ついつい楽しくなって、
笑顔になってしまう。
笑顔は笑顔を産む、そんな幸せな連鎖を楽しみたい。



心と心
日々の日記を書くことより、人との会話がしたい。そう切に感じる昨今。
皆、入院患者という立場であるが、病状も様々で、抱える家庭環境
も様々。その歪みの中で、弱さのためか、優しさのためか、
はじき出され、家族全体のバランスを保つために、入院している
方が多いのかなと感じる。
自分のことを擁護したいわけでもなく、家族を責めたいわけでもない。
ただ、こうして今日生きている、生かされていることに感謝しながら
貴重な入院生活を楽しみたいと思っている。
自分を支えてくれている多くの人々に
ありがとう そう伝えたい。

20120922-2.jpg

哲学について
この写真、母校のとある講堂。
今回のトラブルに巻き込まれる直前に散歩に行って撮影した。

一般教養の授業で『哲学』なるものがあったが、
学生時代は哲学がなんであるかすらさっぱりわからずに、
試験対策だけして通過した記憶がある(笑)

この講堂で授業を受け、試験を受けた。


厄年になって、ようやく哲学の入り口ぐらいに興味を持ち始めている。
あんなものを大学生の時にきっちり理解していた同級生はどれぐらいいたのだろうか・・






空へありがとう
ありがとう。そんな一言を空に向かって言いたくなる朝
強制入院という出来事を体験して、今まで持っていた人間関係、
仕事関係に無理やりリセットがかかっている感じ。

もちろん、退院後のコミュニケーションで、元通りに戻るかもしれないが
今のところはなんとも言えないし、その努力をする段階でもない気がしている。

今は、精神科へ入院中という、特殊な環境下で、自身が吸収できることを
目一杯味わって、今後の自分の人生に活かせるように、何かの気づきを得られたら
そんな気持ちである。

太陽は毎日東の空から上がり、おいしい空気は木々の営みと共に再生産される。
そんな循環の中で僕は今生きている。

そんな当たり前のような奇跡に、時々気付ける自分でありたい







〜 Present 〜
社会復帰というか、病状回復を図る目的で、作業療法という
プログラムが精神科にはある。
そのプログラムに参加しているときに、初めてお話した患者さんから
頂いたお手紙。
75歳のとても優しく、知的な雰囲気の漂うおばあさまからの
プレゼントを紹介します。

---------------------------------------

救われていないからこそ、お届けする。
神様に悩みを届ける。
そういふ心になってこそ救われた姿で、
もうすでに助かっているのである。
神さまここ迄祈りの路をリードして
いただきありがとうございました。

日々新しく生きて生かされて行きます。
今後もよろしくお願いいたします。
心より御礼申し上げます。

以上、感謝の心より。




20120828-6.jpg

お散歩
OT(作業療法)のない土日は暇だ。それを見越して今日は外出をしてみた。
目的地は箕面の滝。片道一時間半ほど、往路はスタンダードな
滝道を歩き、復路は少しだけマイナーなわき道を歩いた。
アスファルトで塗装された往路は景色は美しいが、足に疲れが残った。
滝壺で、家族連れが写真を撮っていたので、家族全員で
写真が撮れるようにシャッターを押した。
しこし喜ばれたようで、心地よくなった。1歳と4歳の女の子。
二人とも笑顔が素敵なかわいい子だった。
復路はアスファルト塗装ガ少ない脇道を歩いて帰った。
アップダウンも多いためか、人通りも少ない。こういう道をあえて選ぶ人は
散歩好きなので、すれ違いざまにお互い気持ちよい挨拶を交わすことができる。

「こんにちは」 ・・・ 「こんにちは」・・・

たったこれだけだが、言葉と笑顔で行きかうときの気持ちは最高に心地よい。
言葉というより互いの心の響きを伝え合う、そんなイメージが
当てはまるような気がする。

素敵な午後の散策の締めくくりに、ドーナツとカフェオレ。
合計500円ほどで4時間ほどを過ごしたことになるが、とても
充実した散歩道。

平成二十四年重陽の日


20120909-1.jpg

カンパーイ
ドーナツ屋、午後3時50分。クラブ活動を終えた女子高生が5人。
いい色に焼けているので、野外で行うクラブなのだろう。
たった今、水のグラスを5人で掲げ乾杯をしていた。
なんともいえなく幸せな空気が流れてきた。
高校生にするとちょっとした贅沢なひと時なんだろう。
お小遣いからひねっりだしているか、夏休みのバイト代から
捻出しているのかわからないが・・・

ドーナツがおいしいというより、こういった少し大人になったような感覚を
心許せる友達同士で過ごせることが幸せなんだろうなぁとおもう。
彼女たちの未来が輝けるものとなりますように、そう願いたくなるような
幸せな氷水でのカンパイであった。





名もない希望
あぁなればいい、こうなればいい。きっと素敵だろうな。
そんな光景を想像してみる。
ただ現実そんな夢物語は急にはやってこないので、
一歩、また一歩と自分に今できることを積み重ねていく
ことで、夢が現実のものとなるのかもしれない。




疑い
ここ数ヶ月、以前よりも疑り深い人間になっている。
と同時に、より人を信じてみようという相反する意識も
深まっているような気がする。

疑いの先に、疑念が晴れるがあればそれほど問題ないが、
疑いばかりが深まるのは好ましくない。
とはいっても、何でもかんでも信じ込んでしまうのも
問題なので、適度な疑り深さは、生きていく上で必要なものだと思う。

疑ったものを信じれるようになった瞬間の喜びが
たまらなく楽しい。疑ったものを敬遠するのではなく、
疑ったものを深く知り、自分が抱いていた余計な誤解を
とく行為が楽しいなと思う今日この頃。



あたりまえのこと
日々ゆったりと時間が流れていく。
特にしなければいけないこともなく、ただ
ゆったりと時間が流れる。

作業療法という、おそらくコミュニケーション能力、
手先を使った作業による脳の活性化を行うための
プログラムに参加中である。

このプログラムが非常に楽しい。
いろんな方との接点ができ、いろんな方の
様々な才能に出会うことができ、日々驚きの連続である。

僕に何の才能があるのかは分からないが、
人と仲良くなることに関しては、少しだけ才能がある
のかもしれない。

ここにいらっしゃる多くの患者さんの能力を
社会に還元できれば、きっと今までとは少し違った
音色が世の中に流れるんだろうな と
楽しい想像をしてみた。



ありがとう
マッキーのアルバムを聴くと、今まで自分を支えてくれた全ての人に
ありがとう、そう伝えたい気持ちになる。

ありがとう


今日、こうして幸せに暮らせている。それ以外に何が必要だろうか?
少しの仕事と少しのお金は必要だとは思うが、何より健康で
笑顔をもっていることが何よりの幸せだと思う。
少しキビシイ人生経験をしている最中ではあるが、
既に幸せを感じている自分は頭がオカシイんだろうか?(笑)

どんなことがあっても、人生を、今を、楽しんだほうが楽しい。

2012年9月5日3時33分33秒




出会い
精神病院、それも入院と訊くと、世間の人は白い目でみるものだろう。
僕もそんな偏見を持っていたので、その気持ちはよくわかる。
今回、僕が入院患者の立場になって感じることを少し書いてみたいと思う。

最初は、ひどいところに入れられたと感じた。
入院してすぐに、手足を拘束され、その他もろもろあったので
なおさらである。


ただ2週間もすると、冷静さを取り戻し、看護師さん、看護補助師さん、
作業療法士さん、お医者さん
それぞれの方が対応してくださる背後にある優しさを感じ取ることが
出来るようになり、そのあたりから入院生活に対する見方が
徐々に変化してきた。

今は正直、楽しいというのが率直な感情である。

色んな素敵な方々との出会いがあり、心の通う会話があり、
時には病状が悪化する人もいらっしゃるが、すべての患者さんが
非常に心のきれいな、透き通るような心をもっていらっしゃる
そんな風に感じる。

こんな素敵な機会を与えてくださったことに、ただただ感謝である。